儲からなくて嫌になってもやめなかったのは分かってくれる人がいたから。

今朝さいたま市桜区は霧がゴイスーでした。ネタをありがとう。No.827

今の仕事が無くなったらどうしますか?

年々技術革新が進んでいて分かりやすい例を挙げればレジの省力化。行く行くは無人レジになるんだろうな。いつも行くイオン与野の食料品売り場のレジが変わった。人がスキャンして会計はセルフになった。ヤオコーもロヂャースもそのタイプだ。それによってレジの待ち時間が短くなってるので良いことだと思う。

何でも並んで待つ時間ほどもったいないことは無いと思う。特に高速道路の渋滞って何なんって思う。ラーメン屋でも並んで食べたいと思うのは麺や七彩くらいだ。あのユニクロの自動レジはとても良いことだと思った。自社の人件費削減とレジ待ち時間で不便を掛けていることを改善してくれたのだからある意味お客様目線でもある。とにかくレジ待ちは無駄な時間に感じて仕方がない、並んだレジがハズレの時はアレって思う。キャッシュレスも率先して使ってるし。機械ができることは機械にやってもらったほうがいい。いくらスマイル0円とかでも機械でいい。

縫製の仕事はなくなりそうな絶滅危惧職業だ。

縫製工場の廃業や倒産が毎年のようにある。多分今年もあったのだろうと思う。理由は色々あるだろうけど洋服が売れていないのが最大の理由かと。売れていないのだから作る必要がない=淘汰。

残っている工場は何かしら特化していたり専属だったり、ラジバンダリ。よく分かりませんが。

うちは特に特化したものもなく専属工場になれるほど太いパイプ見なくどうしたらいいんだろうと考えた。

人は同じものを作るのだったら安く作れるところを探す。ビールとか缶酎ハイはイオン与野が安いからそこで買ってる。だから他の縫製工場と競争だけは避けたい。下の潜りあいほど不毛なことはないから、誰も仕合せにならないし。

今上手くいっている工場はそこのところにいち早く気が付いたのだと思う。僕は遅かった。でも競争しないことを意識して仕事をしているととても心が安らぐし穏やかになる。競争していた時はミスしようものならただでさえ合わない工賃なんで目の色変えた。職場の雰囲気最悪夫婦喧嘩するそんな状態でいい服なんて作れるはずもない。ほらね誰も仕合せにならないでしょ。

一旦はもう縫製が嫌になった。

正直洋服作りが好きでっていうかそれしかできないし、親方にもお世話になって仕事を覚えてきたのにもう無理!って思ったことがあったのはつい数年前のことだった。働けど働けど赤字だった。もう借りるところないってくらいになり、それが腹を決めたきっかけだったのかも知れない。

ずっと若手のインディーズブランドの立ち上がりから極小ロットでも行く行くメジャーになって数が増えたら稼がせてもらおうなんて思っていたのが間違いでした。僕の考えが甘かったー。

他に何ができるのか模索してやってみた。

縫製塾とかやってみましたが、なんかやっていても楽しくないんだよね。最初の生徒さんに恵まれすぎたのかも知れない。まるっきりできない人を短時間で縫えるようにすることはできませんでした。すいません。

だから、ある程度のレベルなのか判断する為の試験も必要だと今は考え中。せっかく教えるのならできるようになってもらいたいから。でももうやらないと思います。これもやってみて分かったこと。

洋服のお直しもできればわざわざうちに持ってきてくれる関係性ができたら良いと思ってる。安いからって持ってきてくれるのもうれしいんだけど、ジーンズの裾上げは買ったお店でやってもらうのが一番安いしどこでもできるじゃん。丁寧にが伝わってまた持ってきてくれたらそれが一番売れしい。

結局縫製加工もそれが伝わる、分かってくれる人から頼まれたら最高なんだよね。

今日は以上。

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水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

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