僕の父は縫製屋でした、本当に良く働いてたと思います。

こんばんは、今年は楽しんでブログを書こうと思っているミズイデ(@fashionizumi)です。No.855

はい、今日も書きます!

僕の父は縫製屋でした、本当に良く働いてたと思います。

今年の1月3日に埼玉県北本市にある実家へ帰った時に懐かしい写真をもらってきました。

僕の父は昭和10年生まれで今年85歳になる、今の中学にあたる学校を卒業して15歳で群馬県吾妻郡の田舎から東京へ仕事を探して出てきたそうです。紳士服屋の親方のうちへ住み込みで働く丁稚奉公して仕事を覚えて後に独立したとか、子供の頃何度も聞かされたので覚えています。

写真は独立して何年目か分からないけどバリバリ働いてたと幼いながらに覚えてる。アパートにミシンがある部屋しかなくて妹とお婆ちゃんと3人で寝てたから。

僕が小学校6年生の頃には、それまで紳士服を縫っていたのをやめて婦人服に切り替えてた。婦人服の既製服が流行り始めてた頃で、お婆ちゃんは着物着てました。

実は僕が小学校入学する前に離婚してお婆ちゃんに育ててもらってて、さすがに年をとってきて6年生の時に再婚して今も両親は健在です。

それから、仕事をがんばった甲斐があったのか中学1年の時に中古の一戸建てを買い、更に5年後高校3年生になった時には遂に念願だった新築一戸建てを買ったのでした。親父はすごいよ。それが埼玉県北本市の家。もうあれから37年も経つんだね。毎日毎日洋服を縫い続けてました。休むのは盆と正月くらいだった、本当にがんばっていたと思う。

父は家の1部屋を仕事場にして夫婦二人で裁断は裁断屋さんに頼んでミシン内職さんがいて部分縫いしてもらい父が縫い上げ母がボタンとかアイロンとかして、できたら穴屋さんでボタンホールを開けて仕上げ屋さんへ持ち込めば納品完了。多くの縫製屋がそんな感じだった時代です。

それでも洋服を縫って贅沢と言う贅沢など一切せずコツコツ働いて新築一戸建てを買ったんだから本当に尊敬します。

新築一戸建てを買い既にローンも完済して悠々自適に暮らして老後を楽しんでもらいたいけどずっと働き詰めだったからね、働いてないとボケてしまうとか言って近所の人からお直しを頼まれているとかで相変わらずミシンがあったし。

僕は30歳の時に無理して中古一戸建てを買いましたがあれから25年経っても新築買えてません。父を越えたいけどまだまだ頑張りが足りない。俺が新築一戸建てを買うまで長生きしてくれよな。照れくさくて面と向かっては言えないからここに書いておきます。

今日は以上です。

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水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

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