同じ景色が見たかったら同じように行動するしかない

こんにちは、今朝の体重70.9kgだったミズイデ(@fashionizumi)です。

今日は土曜日なのでチートデイ。

 

 今の仕事を続けてきて良かったと思う一番の理由

先ず、ボクがなぜ縫製の仕事を選んだのかをお話ししますね。

父親が縫製屋だったのと、それとものづくりの道、手に職をつければ食いっぱぐれはないだろうなと考えたから。

それから、衣食住の衣だし誰しも裸でいる訳にもいかないから大丈夫だろうなと・・・

それが、あれよあれよと同業者が次々と廃業や倒産して行くのを毎年のように見てきた。今年も・・・

国内衣料品自給率は3%切ってるし、洋服は売れていないって言うし散々な有様の業界になってました。(苦笑)

進路を決めたのは昭和の終わりの頃だったし、バブル景気の前だし今の状況なんて想像だにしてなかったよ。

 自分でもよく今まで続けてこれたなと思ってます

気がつけば26歳で独立創業してから26年、数々の困難がありましたがこうして未だ続けていられるのは周りの人たちのおかげなんだと思います。

ヤバいなって思ったことは数知れずありましたよ。

でも、そんなのは誰だって同じような壁にぶつかってるんだろうなって今は思えるけどその時はそんな余裕なかったです。

必死の形相でした。こわーーー!(笑)

でね、ずっと追いかけている親方がもうね、話がオモシロインデス。

たぶん大変さで言ったら親方の方が全然大変です。それはまちがいない。

でも、苦しいだとか泣き言は言わない人でした。

逆に明るい性格で何処から、そんなオモシロイこと思いつくんだろうって不思議でした。

それだから何度も相談しちゃったんです、話を聞いていてオモシロイから。

いや、ボクは深刻な声でマジな話してるんですよ。それに対しての返しが突拍子もなくてハンパないからついつい笑ってた(笑)

 困難にぶつかる度に乗り越えるための行動力がハンパなかった

同じ縫製工場の経営者で尊敬する親方、もう知り合った頃から常に下請けからの脱却について行動してました。

いつも言う親方の口癖は「ぶら下がってるのは嫌いだし、ぶら下がられるのはもっと嫌い。」そんな感じの人でした。

ついこの前、3月の二友会で聞いた松ノ木塾で昔のことを思い出しました。

かいつまんでお話しすると、縫製工場が自社企画商品を百貨店に卸してる。

百貨店に口座がある縫製工場、になる道のりが険しかった。

それでも、しかし食えない。(これ最高)

第3回全国アパレルものづくりサミット@新宿文化学園

何故食えないか、それは従来の委託加工の仕事が70%あったからって言うのを聞いてボクは、従来のやり方ではもうダメなんだって思いました。

間違いなく30%の仕事は利益出ているのに、70%の仕事が合わないから食われてしまうってこと?

その話を聞いて、今までを変えようと自分なりに行動してきたつもりです。

その行動の指針となったのは楽しいと感じなかったらヤラナイ、ヤリタクナイ。そう決めてきました。

 迷ったら楽しいと思う方を選びます

そんな感じで、楽しいと思える仕事は引受けてきました。途中何回かは失敗した時もあったけど(苦笑)

何度も何度も何度も親方の話を聞いて来てやっと今、少しだけ同じ景色が見れる入り口まで来れたかなって思っています。

気のせいかも知れないけどね。

だから、これからも失敗を恐れず言い訳しないで行動しようと思います。

ダメだったらやり方を変えればいいんだから。

 

楽しいことだけを選べ♪

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水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

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