今思えば決断を先延ばしにして行動しなかった時間がもったいなかったと思ふ。

こんばんは、今日は川口市キューポラ杯卓球大会で1勝2敗の結果に終わり悔しくも有り楽しくもあった日曜日を過ごしているミズイデ(@fashionizumi)です。No.774

 今思えば決断を先延ばしにして行動しなかった時間がもったいなかったと思う。


このツイート見て自分のことを振り返ってみた。ずっと行動しないやつだったなー。

縫製の仕事がどんどん少なくなってきた時もなかなか行動せずに今までの取引先にすがっていた自分が嫌いだった。

東証2部上場の中堅アパレルメーカーさんからほぼほぼ100%仕事をもらってましたがバブルの崩壊から10年くらい経った頃デフレで洋服の売値も上げられず、逆に下がり始めてもう国内では作れなくなり海外生産が増えて今では衣料品全体の98%が海外製品になった。

ボクが縫わせてもらっていたのはブラックフォーマルがメインのメーカーのカラーフォーマルブランドでした。

同じブランドを主に縫っていた工場が3社あり1社の社長が亡くなり、うちともう1社が残りましたがそれでも仕事が足りなかった。

他のブランドや商社も紹介してもらったりしましたが、もう必要とされていない空気を感じて手を引きました。その後聞いた話では残った1社も廃業したとか。後少し決断が遅れていたらと思うとぞっとします。

その時は背に腹は代えられない状況になりやっと重い腰を上げました。

そのあとは松ノ木縫製さんの協力工場として孫請けに徹して仕事を教えてもらうこと6年。

ある事件をきっかけにして再び自分で仕事を探すことになりました。ある事件とはボクの人間性の問題でした。

「このままだとお前がダメな人間になってしまう。」その言葉を言ってもらった時涙が出そうになるくらいうれしかった。

ダメなオレをこんなにも思ってくれている人に甘えきっていた自分が情けなかった。

あの時独り立ちさせてもらって心から感謝しています。いつもいつもほんとすいません。

 独り立ちしてからもなかなかの厳しい状況は変わらずだった。

今から10年くらい前だったから今よりはまだ仕事があった、でも振り屋さんとか仲間の工場からもらい仕事とかで食いつなぎました。

それが、今は振り屋さんも仲間の工場も廃業してしまった。ある若手ブランドからは加工賃をちゃんとお支払いいただけなかったこともありました。それでもどうにかこうにか今までやってこれたのが不思議です。

 エクスマとの出会いがあったおかげで今が楽しい。

今から4年位前にエクスマに出会い少しずつ自分の思考を変えてきました。それまでは顔に正気がないとよく言われてたボクです。笑顔させ忘れてました。マックスブログ塾で笑顔のトレーニング方法を教えてくれたナタリーには感謝です。

そして2年前に一度エクスマ塾に行こうとしましたが結局行動しませんでした。

その後もブログやSNSの投稿は続けていたもののいまひとつ効果を感じられなかったボクは去年の7月にやっとエクスマ塾へ行く決断をして9月に無事卒塾、エクスマ塾92期生となりました。

今は2年前に行っておけば4万円安かったのにと思う、後悔先に立たずだね。

でもね今年はおかげで仕事が不思議と増えてきてるの。

それは楽しんでやってるからなんだと思う。だから仕事も発信も楽しみながらやりましょう。

それがうまく行く秘訣ですよ。

今日で6月が終わり、今年も残り半分楽しんでいこうーーー。

今日は以上です。

友だち追加

お友だち追加すると直接ミズイデにメッセージが送れますよ。

Follow me!

The following two tabs change content below.
水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

記事を気に入ったらシェアをしてね

  • twitter
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket