縫製工場を創めたきっかけは儲かると思ったからダメだった

こんにちは、ミズイデ(@fashionizumi)です。

今日から7月です。6月はブログまあまあ書いたと思ったらそうでもありませんでした。

今月は書くよ、できるだけ書きます。No.430

  縫製工場を創めたきっかけは儲かると思ったから

修業していた縫製工場に約8年お世話になって独立させてもらいました。

1991年のことでした。バブル景気の終わり頃かな、もう国内縫製工場がみんなハッピーだったんじゃないかな?

空前のプレタブームで高い服が売れてました、今では信じられないけど高い服から売れて行った時代。

二度とそんな時代は来ないと思います。

縫製工場の社長さんがこぞっていい車を買って乗ってました。

だから、ボクも独立していい車に乗りたかったんです。(笑)

お世話になった会社でした。給料もそれなりにいただいてました。

でも、どうしても自分の会社の社長と松ノ木親方と比べてしまう自分がいて、

たぶん親方と出会った時からもう独立したいって思ってたんだと思います。

自分の会社は労災雇用保険も未加入、もちろん社保も未加入でした。以前は加入していたらしかったけど、ボクが入社した時は未加入でした。(一応株式会社でした)

親方の(有)松ノ木縫製は社保完備でした。親方26歳の社長で既に社保完備だったと記憶してます。

親方も24歳で独立して創業した人です。

いつでも自分は最後でいいって人だったとボクは見ていました。

ずっと車もポンコツ乗ってました。最近でも変わらない。中古で買った黄色いノア2000年式くらいの。

笑っちゃうのが、調子いい時があってノアの新車買っちゃおうかなってカタログと見積り取って買う寸前まで行ったとか行かなかったとかの時に、

周りの友達に「そんな新車買うなんてらしくない、買ったら友達やめるよ」って言われた話を聞いた時みんな分かってるんだなって思った。

ホント、らしくないもん。(笑)

 目標としていたけど僕には根性が足りなかった

ボクは独立して徐々に規模を大きくしていったけど、大きくって言っても10人未満ね。

その時その時でたぶん一生懸命に働いてはいたつもりです。

でも、結局は人に任せられずにずーっと来てしまいました。

裁断は自分がやらなくちゃダメなんだって思い込んでた。

今は、やっと裁断を他の人に任せています。

人に任せられないと何時まで経っても人が育たないから会社がうまく行きません。

行かないです、行くわけない。

うまく行かないのは全部自分のせいなのに、業界のせいにしたり景気が悪いせいにしたり・・・

 とにかくダメでもいいからやってみよう

その昔意気地がなかった時、今でもそんな時ありますけど、もう変わるのが怖かったんです。

周りの縫製工場と同じことをやっていれば安心でしたから、工賃はこれくらいが相場でしょって言われれば「はいわかりました」

従業員の給料はこれくらい払っておけばいいでしょって、「そうだよね」

社保なんて入れるわけないじゃんって言葉に妙に安心してる自分。

仕事の仕方も、如何に早くやる工夫をするかに腐心してました。究極はパターンシーマー!

ボクは使わなかったけどね、アクリル板をパターンの縫い目の形にくり抜いて生地を挟んでミシンを踏むだけで誰でも縫えちゃう便利な道具。

ナンデそれを使わなかったのか?

楽しくなさそうだったから。いや、そんなのできたからって縫ってる人楽しくないよね。

経営者的にはOKかも知れないけど。ホントは小ロットで作る時間の方が掛かってしまうからでした。

 ボクが初めて覚悟を決めた時

サージングもエッジコン(自動ミシン)も捨てました。

そのミシンは、数が多くないと威力を発揮できない上に大きくて場所を取るから。

ある程度の規模の縫製工場にはほとんどそのミシンは必須アイテムでした。

でも、もう他がやりたがるような仕事は請けるのを辞めようと決めて捨てた。

ホントは工場を閉めてしまおうと思って捨てたんですけど、なんかまだやってます。

あの時に捨ててよかった。(笑)

 これからは

その昔は、大きなアパレルメーカーに付いていればそれなりに安心でしたし、そのメーカーと取引口座があるだけで箔が付きました。

寄らば大樹の陰。そのメーカーの工場会とか入れてもらって安心できた時代は遠い昔。

ある時、「何でも縫えるって言えないのかよ!」って言われ、それで吹っ切れたのかも知れません。

ミシンも捨てたし、もう何も失うものも無かったから。

それから、洋服のお直しも始めたし、小さなインディーズブランドさんとも取り組み始めた。

それが今、少し大きくなってきてます。まだまだ全然ですけどね♪

そして、あの人の言葉にも勇気をもらってます。

「興味を持ってもらうんだよ、言い訳すんなよバカ!」

興味を持ってもらえるようにガンバリマス。

言い訳しないでガンバリマス。

先日、商社の人が来た時に聞いたんです「どこでうちを知ったんですか?」って、

そしたら「SDfactoryをみてそこの工場に足を運んでます」だって。

頭いいな!やっぱ、商社は頭いいなー!

結局は自分を知ってもらうには自分で行動するしか無いってことですね。

 

今日も廻ってる あぁこの世界 愛しき世界♪

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水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

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