プロ野球観戦は生で見るのがやっぱり最高だとボクは思います

こんにちは、今日は快晴の日曜日です。

いつものように午前中は卓球の練習をしてきたミズイデ(@fashionizumi)です。

ということで、今日もブログを書きます。No.469

 

 プロ野球観戦は生で見るのがやっぱり最高だとボクは思います

卓球も好きだけど、野球も大好きです。

サッカーも浦和レッズを応援しています。昨日はテレ玉(テレビ埼玉のことね)で応援してたけど負けました。

野球は、子供の頃から大好きでした。

サザエさんの弟のカツオが学校から帰るとバットとグローブを持って直ぐに遊びに行ってました。

こんな感じ、まさに昭和でした。今はこんな子供いないよね(笑)

そう、学校で遊ぶと言ったら野球しかなかったな、サッカーも少しはやったけどもう野球でした。

キャッチボールするには一人じゃできないから、直ぐに野球やろうぜーって誘ってた。

ボクが小学生の頃はほとんど巨人ファンでした。巨人・大鵬・卵焼きの時代でした。

テレビのナイター中継は食い入るように見てました。それも巨人戦しかやっていなかった。

そう、テレビを見ていて一度はあの後楽園球場でプロ野球を見てみたいなー。子供心にそう思ってました。

でも、一度も連れて行ってもらえなかった。

父親も熱心な巨人ファンだったけど、仕事だったしそこまで連れて行くほど裕福じゃなかったから。

 大人になってから期せずしてプロ野球観戦にハマった

18歳で就職して東京都新宿区西新宿で一人暮らししてた時、高校の卓球部の同級生コウジが確かホテルニューオータニでバイトしていて仕事が終わってからよく遊んだ。

そんな時、コウジが神宮球場に野球見に行かないか!?って言ってきた。

同じ卓球部なんだけどコウジも野球好きでプロ野球を観に行きたかったんだって。

それで、巨人戦は人気でチケットが入手困難だったから当時弱小球団で万年Bクラスだったセリーグのお荷物とも呼ばれてたヤクルトスワローズの本拠地神宮球場なら、仕事終わって途中からでも余裕で座れたんです。

 神宮球場で出会った岡田さん

もうね、本当に弱かった。今年くらい弱かったー!それが毎年だったからね。

でね、神宮球場のヤクルト側の応援席はライトスタンドなんですね。なぜかというと外野席が安いから。

そこに岡田さんが率いる私設応援団が陣取ってて負けゲームでも楽しませてくれたんです。

今でこそ有名になった、ヤクルトが点を取った時に唄う東京音頭は岡田さんが考えたんですよ。

当時からビニール傘でやってたな、安かったからね。

あとは、各選手のテーマ曲があって、一番シビレタのは杉浦選手のテーマ。

なんと必殺仕置き人の、チャララーチャチャチャ―チャラららら―♪ってトランペットがなってから、

うおー!!!!!って一気にボルテージが上がりました。

もう、何がサイコーってホームランを打った時のあの打球音がサイコーだったな。

左バッターだった4番の杉浦選手が偶に打つホームランが飛んできた時はうれしかったなー!

白木のバットで硬球をドンぴしゃで仕留めた時は打った瞬間にそれと分かるんですよね。

まあ。打たれる時の方が多かったけど・・・

 プロ野球観戦好きが高じて

その当時ロッテのピッチャーで村田兆治投手が見たくなって川崎球場までも足を運びました。

でも、あの剛速球とフォークボールを生で見れたのは一生の思い出ですね。

しかし、川崎球場は神宮球場に引けを取らないくらいガラガラだったな。

客がいないし狭いし汚いし、そんなのも古き昭和の思い出かな。

今は、技術も上がってピッチャーが投げる球も150kmなんて普通になってる時代。

たまにはプロ野球観戦も生ビール片手にいいですよー!

あの、筋書きのないドラマを是非ライブで体験してみてはいかがでしょうか。

プロ野球選手の体ってハンパないくらいデカいっす。特にお尻が。

是非、神宮球場に行ってヤクルトを応援してください

今日は以上です。

では、では。

 

ひまわり♪

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水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

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