ブログを書いて発信していたら思わぬ反応がありうれしかった件

新しいファッションは常に生まれています
新しいファッションは常に生まれています

おはようございます、今日も9時現在の気温12度と寒いさいたま市です

さあ、継続は力なりを味わっているミズイデ@fashionizumiが今日も書きます。

新ブログ(超縫製工場への道)にしてから10ヶ月目155投稿だからでしょうか

ブログへのアクセス数が徐々に増えて来てます。1日平均200くらいですけど確実に増えています(読んでいただきありがとうございます)

Twitterのフォロワー数も徐々に増えて不思議です、今現在220人くらいになりました

よかったら、フォローよろしくお願いします

フォロワー数2,000人を目標に気長に続けますね(笑)

 facebookの使い方が意外とムツカシイ件

ボクはブログを書くと先ずfacebookに投稿します

先日書いたブログ「ものづくり補助金について考えてみた」をシェアしてくれた方いたのです

昨日気が付きました(遅いね)

で、読んでみたらすごく良い事書かれていましたので

シェア返ししてみました(facebook上で上手くできずに自分で自分の記事をシェアすることになってしまって(-_-;)

江下 善弥さんがあなたの投稿をシェアしました。

いつも拝見している縫製工場さんのブログです

当社がお願いしている縫製工場さんも似たような状況だと思います
昔のミシンをきちんとメンテナンスして、壊れたら修理して、大切に使っていらっしゃるところが多い気がします
昔のジューキのミシンは優秀でしっかりメンテして丁寧に使えばまだまだ現役バリバリらしいです
しかし・・・やはり最新式のミシンだと生産性が上がるものと思います

俗にいうアパレルメーカー、特に当社の様な小規模零細な企業は、メーカーと称しながらも「製造」機能はありません
行政&銀行的な区分ではメーカーと名乗りながらも純然たる卸売業なんです(笑
銀行から転職した私にとっては今も違和感が抜けきっていませんが、何故メーカーと称しているのかというとそれは洋服を「創造」してるからだと思います

デザイナーと言われる人の頭の中にある「デザイン(空想)」をパタンナーがその想像力と技で「パターン(実体)」にする
洋服の設計図ともいえるパーターンを「創造」しているからアパレルメーカーを名乗れるのではないかと私の中では勝手に納得しています

しかし、いくら素晴らしい設計図ができたとしてもその設計図通りにモノを造るのはまた別の次元の問題です
その昔、レオナルドダビンチがヘリコプターの原型の設計図を描いていたというのは有名ですが、実際にヘリコプターができたのはそれから何百年後の事
私達アパレルメーカーがどんなに素晴らしいパターンを創ったとしてもそれが思い通りの素晴らしい洋服になるには、製造設備とすぐれた技術をもった工場さんに協力して作っていただかなければ、私たちメーカーとしての「創造」は絵に描いた餅以外の何物でもないのです
洋服は日常生活の中で着ていただいて楽しんでいただくものなので、先ずは選んでいただくためにデザインやパターン等のソフト的な組成要件は大切ですが、長く大切に着て楽しんでいただくためには着心地や耐久性といった物質的な組成要件がとても重要になってくると考えます
ファッションというソフトは具現化して物質化しないとソフトとしての価値がないという至極当然の帰結

ファッションという「ソフト」を日本のブランドとして成立させるには、デザイン&パターンという狭義のソフトだけに注目するのではなくそのソフトを具現化するための方法である製造現場の設備(ハード)や製造技術(ノウハウ)までも含めた広義の「ソフトパワー」を考えなければ、世界の人々に認めてもらえないと思います
現に同じイトヘン業界の中でも、糸や反物といったマテリアルを製造している方々で世界から認められた「ソフト」として注目されている人や企業が再び出て来ています
方や製品としての洋服は、世界的に認められているアパレルの「ソフト」はコムデギャルソンのころからあまり変わり映えしていないのではないかと素人目には思います
それは洋服の広義の「ソフトパワー」が薄まってきているからではないかと勝手に危惧しています

日本のもの創りの強さはトヨタのカイゼンを上げるまでもなく製造現場も含めた広義の「ソフトパワー」にあったはずです
しかし、1990年代から労働集約的な低生産性(といわれる)製品の製造現場は、生産コストの安い中国をはじめとした海外に移っていってしまいました
経済学的には生産性の高いソフトサービスに産業シフトしていけば、日本経済を維持していくのに問題はないという認識だったと思うのですが、逆にそのことが日本の広義の「ソフトパワー」を毀損させて、日本経済の稼ぐ力を削いでいっているように思います
各産業の中でも戦後いち早く隆盛を極めその後最も早く現場の海外移転が進んだアパレル産業の現在がそれを如実に示しているのではないのでしょうか・・・

「ソフトを育てるならば先ずは現場から」
これが日本人の行動様式にしっくりくるのではないかと、このブログを拝読させていただきつらつらと考えました

発信していると思わぬ反応が得られます

それが醍醐味なんですね、シェアしていただきありがとうございます。

今日は以上です

 

意味もなく聴きたくなったので♪

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水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

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