日本の縫製工場の栄枯盛衰を見てきてこれから生き残るために

taro horiuchi2015

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おはようございます。ジャックバウアーも年取ったなぁと思っている、ミズイデ(@fashionizumi)です。

長年洋服を縫って来て思うこと

日本人が洋服を着るようになってまだ、150年くらいしか経っていません。

洋服の歴史がまだ浅い国です。よって縫製の仕事もそれほど歴史が無いと言うことです。

100年以上も昔のことは分かりません。

でも、うちの父は昭和25年くらいから紳士服を丁稚奉公して習得、その後婦人服に転向した話を聞いて来てその頃の縫製業から今に至るまでをかいつまんでお話ししたいと思います。

昭和、古き良き時代

昭和30年から48年頃まで日本は戦後復興に成功して高度成長期で経済が伸びてきた時代でそれに伴って洋服の需要も多くなり国内縫製工場も活況を呈していたらしい。

よくわかりませんが、親父は紳士服に見切りをつけて婦人服に切り替えたのもこの時期でした。

そう、新しいファッションが出てきた時期で作れば売れる時代。

アパレルメーカーは洋服がひとつ当たればビルが建った時代でした。

その頃はまだ、パソコンどなく手書きのパターンを青焼きして使ってました。

デザインもそれほど複雑ではなくパーツ数も少なかったと記憶しています。

縫製もそこそこきれいに縫えていればOKで売れちゃって店頭に売る服が無いから工場までメーカーの人が取りに来てくれたこともありました。今では考えられないくらい良い時代っす。

バブル景気

その後の昭和61年頃から始まったバブル景気の頃は、空前のプレタブームでしたね。

今では信じられないくらい高い服が売れに売れた時代。

車も国産高級車の方がが売れたように、洋服も値段を高く設定していたメーカーもあったくらいです。ぼったくりのような服も存在していた?そこまでの値段の洋服じゃないだろ的な服が(笑)

ちょうどその頃ボクは縫製工場で修行中で、その工場もその波に乗り遅れまいとプレタに移行してました。

まだまだ国内工場も多く存在していた時代で、猫も杓子もプレタを縫ってました。

じゃあ、一般婦人服(ボリュームゾーンと読んでました)と高級婦人服(プレタポルテ)は何が違うの?

分かりやすく言えば、出来上がりの寸法が+-0により近く正確にそしてシルエットがきれいに作られている洋服とそうでない服の違いかな。

それでも一般婦人服の作りも昭和40年代頃よりもいいものつくりに進化していて、その中でも当然淘汰された工場がありました。

総プレタ工場になってから、徐々にメッキがハガレテシマッテ本物のプレタ工場じゃない似非プレタ工場は次第に淘汰されて現在に至ってます。

また、高品質な服作りしていてもその他の要因で廃業してしまった工場も見てきた。

結局、あれだけ高い服が売れた時代から一気にファストファッションの襲来とデフレによって、いい服でもそれほど高くは設定出来ないのでそれなりのコストダウンを出来ないと継続して行けない縫製加工業の難しさですね。

いい腕を持った縫製職人でも一人二人で縫うとどうしてもコスト高になります。

高い技術を必要としない工程も全部自分でこなさないとならず、また機械化して省力できる工程にも対応できない。

そして、高齢化で無理が利かなくなっているところに追い討ちをかけるように負荷が掛かって働いた時間の割りに実入りが少ない事態に。

それなら、他の仕事したほうが全然良いよね。借金がなければなおさら辞め時ですよ。

そんなことをずっと見てきて、この先まだまだ日本の縫製工場の数は減ってしまうのだろうと思います。

デザイナーも生まれては消え、消えては生まれての繰り返し

ずっと売れる服を作り続けるのって至難の業です、そうだと思う。

僕らの世代が知っている有名ブランドでも、今の若い世代は知らない人が多い。

知られていないデザイナーの服なんて興味もなければ影響力もない。

有名だったそのデザイナーを知っている世代がどんどん歳を取ってお客がいなくなってきて、はいお終い。

やっぱり、今の現役世代に受け入れられる服をデザインできる人が必要とされ、これからも生まれ続けることでしょう。

そう、新しい洋服は少なからずとも必要とされるはずだから、僕らの仕事はいつまでもなくならない。

それには昭和の頃のダサダサな洋服じゃなくて、洗練された洋服を作れなかったら即退場になる。

やっぱり、若い人たちと接していないと若い世代の感性って感じられない。

今までダメになっていった縫製工場は若い人を受け入れていないから昔の感性のままで進化できずに消えていったように思う。

いや、マジでつくづくそう思います。

関係ない話、公民館などでシルバー人材派遣で働いている人を見ると、多くの人は融通が利かない。

若い人は、臨機応変に対応できるんだよね。

そして磨きようによっては、光る可能性がある。

よって、国内縫製工場の未来は若い人たちをどう育てていくかに懸かっているとボクは思うんです。

親父世代がリタイアして、ボクも50代の半ばに向かい自分の子どもたちがこれからの日本を背負って行く世代になりつつある。

そんな時思ったことはそんなことです。

では、また。

この歌が好きです。