自分が縫製工場に入った時のことは生涯忘れられません

こんばんは、そろそろ7月が近づいて来て少し焦っているミズイデ(@fashionizumi)です。

というのは、7月に入るとなんやかんやと生地が上がりはじめ荷物が着荷してあっという間にお腹いっぱい。

そんな感じが毎年のことなんです。

そう、ドカって入ってきて忙しくなったと思ったら8月が来ればもうお盆休み。

お盆休みが終われば、もう秋風が吹きます。

早いアイテムだともう店頭に欲しいと言われます。

ヤバイヨヤバイヨ、お盆休み前までに実働30日ないっす。

早く早くーーーーーー!

さて、今日もブログ書きます。No.428

  求人票を出していないのに

そろそろ、夏が近づいて来て来年春の新卒採用試験の日時を決めなくては。

うちは、小さい会社なので服飾専門学校等に敢て求人票は出していません。

それは、採用できたとしても1人が精一杯なのに何人も来られたら誰か落とさなきゃならない。

しかし、ノー試験で採用はしていません。ま、ある程度のレベルに達していない人はやはりお断りさせていただく場合がありますけどね。

そんな時は、仕方ないとあきらめて次の出会いを待ちます。

 自分が縫製工場に入った時のことは生涯忘れられません

18で高校卒業して父の友人の知り合いの縫製工場に就職しました。

いわゆる縁故入社だと僕は思っています。

確か、高3の夏休みに父と一緒に西新宿5丁目にあった縫製工場に見学なのか面接なのかよく分からなかったけど行きました。

その時、社長は自宅が東京都東大和市にあってそこからバイクでやって来たのを今でも覚えています。

会社が休みだった日で、若干の遅刻でしたから。(笑)

何を話したのかは覚えてませんが、縫製工場で働きたいという気持ちは伝えたんだと思います。

そしたら、特に実技試験とかもなく、って言うか履歴書すら持参せず、世間話をしただけだった。

社長が「じゃ、卒業したら来て。」それで決まりました。

条件等の説明も聞いてません。近くに下宿先を用意していただけるのと最低限生活できる給料があればそれだけで十分でした。

 下宿先は会社まで徒歩3分で行ける3畳一間

でした。

3畳一間って初めて見た時、ビックリでした。

それまで、親父のおかげで6畳の部屋を与えてもらっていたから。

その半分です。

家賃がいつだ、1982年の東京都新宿区西新宿5丁目で9000円でした。

台所とトイレは共同で風呂がないから銭湯へ行き、もちろん冷暖房なんてあるはずもなかった。

冬は寒くて、夏はくそ暑かった。

そんな環境からボクの縫製職人への道は始まりました。

ちなみに、給料は月に25日は働いたし朝から晩まで働いてで10万円行かなかったな。

 最初に戸惑ったのは

勤務時間の定時は8:50~18:00だったと思います。

働き始めた時でした、午後6時を過ぎたからもう帰っていいのかなと思っていた。

だけど、帰れませんでした。

タイムカードを押してからそこから練習?

練習という名の仕事でした、いわゆるOJTオンザジョブトレーニング。

時間内での作業はやっぱり初めてなので遅いです。

遅いと仕事になりませんが、やらないと早くはならない。

その分はやって行かないとダメというか、自分が会社に必要とされなくなる。

はじめの頃はそれでも許されるのでしょうけど、いつまでもそれじゃあね。

だから、やらざるを得ませんでした。

他のスタッフももう一生懸命働いてました。

女性ばかりの良い職場だったので最高でした。(笑)

 18で初めて一人暮らしして

情けないことに、ホームシック状態でした。

会社行きたくない状態。

のちに社長からあの時は直ぐに実家へ送り返そうと何度も思ったって聞かされました。

具合が悪いって仮病で休んだことも度々、その都度夜帰り掛けにボクの部屋まで社長は何か持ってきてくれました。

「大丈夫か?」って、徒歩3分だからズル休みしてどこか遊びに行くこともできませんでした。

2ヶ月ぐらいでそれを乗り越え、やらなくちゃ。

仕事が終わってから釦付けなど頼む内職屋さんの家の外回りがありました。

運転免許を持っていなかったので社長の運転でボクは助手、全部8件くらい廻った記憶があります。

それが終わるとラーメン屋さんとか居酒屋さんとか連れて行ってくれた。

特に神宮球場の近くのホープ軒は美味かった。社長と二人でジャスミン茶飲みながらラーメンが来るのを心待ちにしていたのを思い出します。

それから、アパレルメーカーさんの生産部長だかの接待で居酒屋も行った。

新宿駅西口のしょんべん横丁も。全部社長のおごりでした。

それ、今でもみんな全部ボクの中にある。

それも全て経験かな、無駄では無かったと思っています。

だから、ボクは縫製工場で働きたいと志望して来てくれる人みんなに行っていることがあります。

それは、時間から時間で働きたいならコンビニとかで働いた方がいいよ。

その方が働いた分だけきっちり給料もらえるからね♪

縫製工場で働くのはヤメタ方がいいよ。これはボクが経験してきて思うことなんだから間違いない。

それでも働きたいと思うのなら面接します。

覚悟だけあれば、どんなことでも乗り越えられるハズだとボクは思います。

途中で辞めるのだったら最初から辞退して欲しい。

それがお互いに良い事だと思います。

明後日来る人に伝えようと思っていることは概ねそんなことです。

じゃ、また。

 

キレイなものは遠くに、あるからキレイなの♪

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水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

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