生地を重ねる機械、延反機の思い出。

こんにちは、なかなかブログが書けないミズイデ(@fashionizumi)です。No.801

 生地を重ねる機械、延反機の思い出。

延反機のおかげで生地を重ねて切っての時間が飛躍的に早くなりそして楽になった。

生地を重ねて切る機械そうこれが 延反機。これがどうしても欲しかったの楽だから、1990年頃どこの縫製工場も挙って導入してました。当時専用裁断台とセットで150万くらいもする代物だったけど手で重ねて挟みで切るのより半分以下の時間で済むのだから直ぐに償却できたらしい。

2004年廃業した縫製工場から移設費用だけでうちに来て15年経ちますがまだまだ現役で活躍してます。

修行時代の縫製工場に延反機は無かった、でね導入してた縫製工場に行って見せてもらってうらやましくて仕方がありませんでした。これを使えば誰だって生地を重ねられるじゃん!そう思った。

生地の正反は50メートルくらい有り重いから延反機に乗せるのは力がいるけどあとはセットして延反機を押してボタンを押せば切ってくれての繰り返しです、生地の耳端もセンサーがあるからぴったり揃って気持ちいい。スゲーな延反機。マジで欲しかったけど社長は延反機を買わずにソアラ買ってた。マジかよ。

1991年に独立した時は友達に作ってもらった鉄製のアングルの上に板を買ってきて乗せただけの裁断台(テーブル)だった置く部屋が6畳だったからね。

3年後に引越した中古一戸建てでも同じ裁断台。もうね狭くて広幅(150cm)の生地が来ると台に乗らないという。そうだ、その時は松ノ木親方から裁断台(120cm幅)もらったんだ。多分延反機を買っていらなくなったやつだったと思う。

それから今の場所を借りて、ミシン場とは別に裁断専用の部屋を借りて広幅の生地をでも広げられる裁断台(160cm)を置いた時はやっと裁断にストレスを感じなくなったの。その時もまだ延反機は無かった。裁断は生地を重ねるのがとても重労働でした、今思えばよくやってたなって思うし、今更もうやりたくないよね。

その後、2004年に中野区にあった知り合いの縫製工場が廃業するから延反機の処分に困っているからどうだろうって打診があったときは悩みました。2階だったし延反機の移設は大変だったから。

その時もまたまた松ノ木親方が全部段取ってくれました、石田さんという何でも屋さんが全部やってくれたのも親方が口を利いてくれたから。今まで使ってた裁断台も丸ごと面倒見てくれて本当に感謝でした。念願の延反機を手にした時は本当にうれしかったな。長年の夢が叶ったってね。13年越しだよ。

あれから15年、一時は仕事が無くなり処分を考えたこともあったけど、これからも活躍してもらいましょう。

 こんなこともありました。

いつもお世話になってる渡辺ミシンさんから「社長のところにある延反機を見せて下さい。」って連絡があり、もちろんOKしました。

他の工場で使っている延反機と全く同じで基盤がおかしくなって正常に動いているうちのを見て、それで直しちゃったとか言ってました。このメーカーも今はなくなってしまったとかで、もう平成3年くらいに買った機械だと現存している実物を見るのが一番早いんだって。

今はもっと便利な自動裁断機がある。常に便利な機械が出てくる一方で撤退する会社もある。機械にはできないこともある。
しかし自動裁断機は欲しいなー。お仕事頑張って買えるくらいになりたいです。

今日は以上です。

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水出 俊哉
1964(昭和39)年7月生まれなので夏と卓球が大好きです。
1991年2月、26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けて早28年目を迎えました。
主にインディーズデザイナーブランドを手掛けています。
数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。
縫製職人が手掛ける洋服のリフォームも好評です。
あと、個人様の縫った洋服1着からでもボタンホールを承っておりますお気軽にお問合せください。

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