縫製の仕事を楽しいと思う人と、そう思えない人の違いは何?

縫製の仕事を楽しいと思う人と、そう思えない人の違いは何?

最近、Twitterの面白さに気が付いたミズイデ(@fashionizumi)です。SNSってすごいんだなって実感してる。

イオンモール与野で見た夏の夕焼け

イオンモール与野で見た夏の夕焼け


与野の夕焼け空を写真に撮って発信したら見てくれる人がいていいねしてくれました。それは沖縄の人でした、そしてボクは沖縄の夏の空を見ることが出来る遠い海外の人とも繋がれる時代です。

ボクの仕事は高級婦人服を作ること。

さいたま市にある小さな縫製工場を経営しています。縫製の仕事は労働集約産業で、工賃仕事です。だから、人件費の安い地域に仕事は移って行きます。でも、技術職でもあります。
手間賃だから、手間が掛かる仕事は面倒くさいから誰しもやりたくないんですボクもそうでした。縫製工場はどうやって手間を省くかに心血を注ぎました、そこに利益があるから。悪い意味ではなくて、例えばきれいにパイピングが出来るアタッチメントは本当に便利です。三巻押えも、きれいにステッチが出来る段押えも、コンシールファスナー付け押え・ベルベット押えきれいに早く縫うためには必須アイテム。
機械でも生地を重ねてくれる延反機は一度使ったらヤメラレマセンし、接着芯を貼る芯貼り機、チェックなどの柄を合わせるためにレーザー光線がないとできない。ミシンだって最新のミシンは足踏みの頃に比べたら比較にならない程仕事が早く出来る様になってます。もう出尽くした感さえあるくらいほとんどの便利な道具は揃ってる。

縫製工場は人。

便利な道具があってもそれを使うのは人間です。国内縫製工場の衰退と共に若い人が従事しなくなって縫製職人の高齢化も問題になったりしています。
ナンデなんだろう?自分もかつては縫えなかったくせに、裁断だってできなかったのにデキナイって、決めつけて若い人を育てようとしない。育てる余裕がない?でも、若い人を育てないと先がない。そんな簡単なことがやっと分かってきた今日この頃。(遅っ)

「初めからデキル人なんていないんです」

だから教えて褒めてあげて、ダメなところは指摘して直してもらって、でも難しい工程は1回や2回では直ぐに出来る様にならないから練習してもらって、やっと出来る様になると本人もうれしいしボクも助かっちゃう。かつてのボクは、その時間が短い時間で結果を求めすぎたのかもしれません。そして与えることも足りなかったと反省しました。
時間だったり、ゆとりだったり、愛情も、もちろん賃金も少しずつ労働条件を改善しています。そんなことの多くをSNSで学んだ気がします。ひとつ歯車がいい方向へ回り始めると徐々に加速して行くそんなことも感じてる、まだまだですけど。

人を育てるのか、父ちゃん母ちゃんだけでやるのか

僕ら夫婦二人で始めました、うちの父も縫製屋で夫婦二人でずっとやってました。父が廃業したのは自然と仕事の依頼が来なくなっての自然廃業でした。
父の話をすれば、最初は紳士服を縫っていて、いい仕事をしていたらしい唯一ボクの為に中学校入学の時に学生服を縫ってくれました。その時はとてもうれしかったし親父のことを尊敬しました。でも、時代と共に紳士服じゃ食えなくなってきて婦人服に切り替えたんだそうです。
婦人服が伸びていたころだったけど自宅兼作業場だったからずっと二人きり、年老いてそのまま年金暮らし。その姿を見ていたら技術は伝えて行かないと廃れてしまうと思った。

一生自分で何でもできる訳がない、人に任せると組織が大きくなる

ボクがいつも目標にしている松ノ木縫製産地は圧倒的に人が育っているのを目の当たりにしてきた。人が育つと組織が大きくなっていくんです。それが経営者の仕事なんだなって今頃言ってるし(遅っ×2)
東京都杉並区に本社があってニューヨークに支店がある縫製工場なんてあまり聞いたことがないです。

まとめ

さいたま市の小さな縫製工場のことをもっと知ってもらいたい。だから、SNSを使って発信しています。縫製という絶滅危惧種的職業だけど(年間国内衣料品自給率3%以下)ボクの周りの縫製仲間はとても前向きな人ばかりです。
会社を発展させたいと思う自分がいて、ボクの会社のことを一番知っているのも自分。それを知ってもらわないと存在しないのと一緒だと思うんです。自分のことは自分で伝える、そんな発信を積み重ねているとある時に少し反応が見えることもあります。
でも直ぐには結果は出ないので、これからもコツコツと地道に発信し続けます、人生80年の時代だから未だ30年もあるわけだし(笑)