社長ブログ
ボクがどうして縫製屋をやめなかったのか。
- 投稿日:
- 2021-06-02
- (更新日:2025-08-15)

こんばんは。今夜もすわほーを期待してるミズイデ(@fashionizumi)です。No.1179
昔は裁断台で生地を枕にして寝泊まりしたとかしないとか。今は卓球の練習してる。
うちの裁断台は幅2000cm×長さ4800cmありなかなか広いの。高さもちょうど卓球台と同じくらいなのでサーブ練習したり筋トレもしてる。
昔は生地の反物を枕にして寝てたこともあったな。今も時々やるとかやらないとかww。
さすがに今は年齢的にきついよね。でものっぴきならない事情で泊まることもあったりします笑。
実はこの台は裁断台兼卓球台兼筋トレする台。時々ベットになったり便利なんです。 #場板 pic.twitter.com/IyEsgdtyKb
— 水出俊哉 洋服のリメイク・釦ホールが得意な縫製工房社長 (@fashionizumi) June 1, 2021
裁断部屋を借りたのはもう20年前くらいになります。
今使っている裁断部屋はそれまでそろばん塾がありました。ミシン場は学習塾でした。先に学習塾がやめて次にそろばん塾がやめて2部屋とも借りたのが20年前でした。どいうわけかまだ僕も30代でイケイケだったので拡大路線を邁進しておりました。その時は裁断台はこれじゃなくてもう少し簡易的なやつで、今のを入れたのが2004年10月23日で新潟県中越地震がありかなり揺れたのを覚えてる。
念願だった裁断台と延反機のセットを手に入れてうれしかったな。でも廃業した縫製工場のお下がりだったのですが。
学習塾がいなくなり縫製工場が残ったのはボクも意外でした。だって子供に勉強させたいから塾は無くならないだろうと思っていたからね。それだけ競争相手が多いってことか。縫製工場は競争相手が減る一方でしたから笑。
ボクがどうして縫製屋をやめなかったのか。
恥ずかしいけど言うね。もう何度も何度も何度もやめようと思った。1度目はリーマンショックの時2008年、その時はサージングとエッヂコン(エッヂコントロールシーマー)を処分した。自動でロック掛けられるミシンと自動で縫えるミシンを。大量生産の遺物は場所ばかり取って邪魔だったから。意外にも処分代掛からなかったからラッキーでした。
多分それが吉と出たのか数が少なくてもいいから丁寧に作る方へシフトしたのだと思う、あんまり覚えてませんが。それとブログとかホームページに力を入れ始めたのもこの頃だったような。
2010年にはFacebookとTwitterを始めた。
パソコンを始めたのがWindows95だからもう15年使ってた。好きというか好奇心旺盛で見知らぬ人とネットでコミュニケーションするのが楽しかった。リアルでは苦手でしたが。
2014年にはエクスペリエンスマーケティング塾(通称エクスマ塾)の藤村さんを知って毎日ブログとかSNSの投稿を読んだ。2015年には本格的にエクスマを学ぶようになり、2018年に念願のエクスマ塾生となった。
遊びのような様な仕事、仕事のような遊び。その言葉がただ面白かった。
エクスマセミナーはビールとか飲み放題なので楽しかったな。楽しくなければ何時間もいられないしまた行こうと思わないよね。
それを機にずっとクソ真面目だけが取り柄だった僕が徐々に殻を壊し始めていた。そんなクソつまんない取り柄なんて嫌じゃんね。そして発信の仕方も変わってきているのを自分自身で感じた。
やっぱり笑える投稿が好きなんです。そう笑うと苦しかったことなんか忘れちゃった。今はやめなくて良かったと思ってるのが不思議だな笑。
楽しんでいたら道は開けるのだと思ふ。今日は以上です。
https://youtu.be/7hXTpgvZh4k
