久しぶりにミシンを踏みました

こんばんは、久しぶりにミシンを踏んだミズイデです。失敗してばかりですみません。 No.1991

久しぶりにミシンを踏みました

両玉縁ポケットが縫えるようになりました。

僕が縫製職人になろうと思ったのは手に職を着ければ一生食べていけると思ったからです。高校卒業してすぐ父の友人の紹介で新宿区西新宿にあった縫製工場で仕事を教えてもらいました。初任給はもらえるだけで有り難かった、なので労災も無ければ社保加入なんてとんでもございません。部屋は3畳一間で台所とトイレは共同で風呂なしなので銭湯に通いました。

訳があり実家には居たくなくて食べていければ贅沢は言いませんでした。今でも正月に帰るだけの親不孝者です。仕事を覚えたら独立するのが習わしのようだったので8年勤めて独立させていただき今日までやってこられたので感謝しかありません。

独立当初はまだバブル景気の名残が残る1991年でした。だから今みたいに仕事に困ることはありませんでしたが人脈が無いと仕事にありつけなかったので社長に紹介してもらったアパレルメーカーさんと10年くらい取引させていただきました。2002年頃から海外生産が本格的になり縁を切らせていただき親方の縫製工場からもらい仕事でもう一度修行させていただき一皮むけたというか少しレベルアップできて本当にありがとうございました。この経験がなかったら今この仕事をしていなかったです。

親方の教えとは基本に忠実に服作りすることでした。僕はそう思っています。

2024年2月にここのがっこうに特別参加したことがあってその時うちで縫ったシャツを着ていた僕を見た親方が「お前んちで縫ったシャツか?普通のシャツ屋が作ったのとは違うな。」って言ってくれたのがうれしかった。

気が付けばもうあれから43年も経ってしまったけど相変わらず金はありません苦笑。

ただ健康で仕事ができているし元気に卓球もできるしビールも美味いし最高だ。

また明日もがんばります。

僕はただ 今が眩しい♪

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