ボクが変わろうと思ったのは、このままじゃ死んでしまうと思ったから。

こんばんは!最近増量中のミズイデ(@fashionizumi)です。No.1260

ボクが変わろうと思ったのは、このままじゃ死んでしまうと思ったから。

以前は毎日のように太るもの食べてた。カップ麺毎日とかマジでやばいよね。

昨日から800g減ったけど1月から800g増えたとスマホのアプリが教えてくれた。1年前から比べると2kgくらい増えてる。とりあえず今からお参りに行こうそしてゆっくりと散歩してこよう。おそよう。#10時起床 pic.twitter.com/2EKVA9EA5o

— 水出俊哉 (としちゃん)アサノマスク製造販売中!洋服お直し工房ファッションいずみ社長。 (@fashionizumi) August 28, 2021

4年前のブログ。4年前のお盆に頭を切る手術をしました。多分その時からかな、真剣に変わらないとダメだと思ったのは。

タコが自分の足を食べるように

気が付けば独立してから30年が過ぎてました。

1991年2月にさいたま市南区鹿手袋のアパートの一部屋を仕事場に「ファッションいずみ」を創業してもう丸30年が過ぎてました。4年前でも下請け気質は抜け出せないでいました。下請けからの脱却を目指していたけど何も変わらず26年やってきてて病気もして、もう変わらなきゃ本当に死んじゃうって思った。

でもまだまだやりたいことがたくさんあって死にたくなかったので、少し本気出し始めた。翌年にはエクスマ塾に入ったのもその一つかな。初めて自分に投資しましたからね。

下請けからの脱却するのに先ず自分で仕事を作ること。自分で値段を決められること。これができればいいなと思った。

自分で値段を決めるには競争しないことだと思った。

縫製の仕事はもう何処で縫ってもみんなきれいに縫えるじゃん。中国で縫ってもベトナムで縫ってもきれいにできてるじゃん。縫製の技術がうんうんとかうんちくとか確かにあるんだろうけど結局は競争相手がいるよね。そしたら安くできるところへ頼むよね。そう思ったの。

じゃあどうしたらいいんだろう。考えて出た答えは他の工場と違うのはボク自身だからもっとボクを知ってもらおうと思った。そうボクの考えを歯に衣着せぬ言葉で発信したら誰も寄り付かなくなった笑。それでよかったと思ってるだって請けても上手く行かないんだから。今までと同じ手法で同じ考え方で商売している人とは上手く行くはずがないよね。工賃が安いところで作りたいんだもん。

行動して人に会うようになったら、たくさんのいい出会いがあった。

そう、5年くらい前に縫製工場の会を辞めた。そしてエクスマを学ぶ経営者の集まる場所へ行くようになった。みんな大変なのに大変そうじゃななくて逆に楽しそうなのでそんな人たちに魅了されるようになった。ボクも楽しく仕事がしたくなった。今までボクの会社(縫製工場)は正直言ってクソつまんないのを感じてた。何しろボクが笑わないのだから苦笑。結局は自分が変わらないと何も変わらないって話しっす。嫌だったらやりたくなかったらやらないこと。やりたくない仕事をやることほど苦痛な事は無いよね。でも仕事がなかったらどうするんだよ!ってボクも思ってました。仕事がなかったら何かを始められるじゃん。今はそう思えるようになってよかった。今日お伝えしたいことは以上です。

いい歌やな♪