社長ブログ
縫製工場の酸いも甘いも噛み分け生きてきて思うことは
- 投稿日:
- 2015-10-06
- (更新日:2021-08-28)
おはようございます
恐ろしい程早いスピードで時が過ぎて行きます
前回ブログ書いたのが10月3日でした
そして今日は6日です、その間の記憶があまりない
その時その時を必死に生きてるそんな感じで毎日が過ぎている
その時までにやるべき仕事をこなして納品までの段取りをつけて納品するのがボクの仕事でもあります
納品が済んだら、また次の納品そのまた次の納品と果てしなく続きます
受注もボクが請けてるので、終わりはありません
受注が無かったら仕事が無くなり会社が大変なことになってしまうから受注は欠かしません。
納品したら直ぐに次のことを考えてるからそのことで頭がいっぱい
あれもこれもできる器用な人間ではありません
そんな日常の積み重ねで気が付けば51才という年齢になってた
頭の中の感覚は20代の頃と何ら変わっていないのに、風貌はオジサンに
確実に時は過ぎています
前回パターンについて書きましたが、今日は
縫製工場の変遷
そんなことを書いてみようかと思います。
ボクの幼少の頃、昭和40年代(1965年~)父親は紳士服を縫っていた
その頃は、毎日ごはんを煮て糊を作ることから始めていたように覚えている
今のように便利な接着芯が無かったからなのでしょう
アイロンも熱だけでスチームが出ないから霧吹きを使ってなんて感じ
「3丁目の夕日」を彷彿とさせる世界でした
その後昭和50年代(1975)になると父は婦人服に切り替えてました
高度成長期も終わりかけの頃に婦人服が売れてたらしいです
その頃になるとミシンとかアイロンとか便利な機械が開発されて家内制手工業から
工業生産へと移行し始めた時期みたいです
婦人服縫製工場が活況を呈し始めた頃です
そこから10年後の1986年頃から始まったバブル景気の頃は縫製工場の経営者にとって我が世の春と言った絶頂期でした
その頃ボクは新宿区西新宿5丁目にあった縫製工場で修業を始めました
高級既製婦人服の大量生産
その時代時代に求められる洋服を提供して伸びてきたアパレルメーカーが生まれては消えての繰り返し
今でこそ大御所なんて称される有名デザイナーが台頭してきたのもこの頃だったのはないでしょうか
高級既製婦人服(プレタポルテ)が飛ぶように売れてました
知り合いの縫製工場では400着・500着のオーダーがザラだって言ってた
だから、それを効率よく早く縫えばより儲かるので
どこの工場でもサージング(自動オーバーロック)とエッジコントロールシーマー(自動本縫いミシン)のセットを導入し始めた
値段もサージングだけで100万円くらいはしてましたし、エッジコンはもっと高かった
でも、そんな設備投資も直ぐに償却できた
縫いが上がれば裁断も
生産性が上がれば供給量も間に合わせなければなりませんから
裁断設備にすごーく便利な機械が延反機(自動と手動がある)
500着分の生地を重ねるのに人力だととてつもなく時間が掛かってしまって縫い場に間に合いません
そんな時に延反機は早くきれいに生地を重ねてくれる機械なのです、しかも楽チン
裁断したら次は接着芯を貼ります
そう、芯貼り機も便利に進化しました
ベルトコンベアー式のベルト幅が1mくらいある大型の機械とか作業効率がすごくいいです
でも、人間は生地の上に接着芯を乗せて機械に入れるだけでその後は機械がやってくれます
便利なものは次から次へと
作られるものです
先日書いたCADもそう
裁断をより早くできるようなシステム、自動裁断機(CAM)とセットにどうぞ
CAD/CAMがあればあとは何もいらない、そんな夢のようなマシーンです
CADでパターンを処理してマーキングソフトで型入れしてCAMで裁断
人間は、パソコンを操作して裁断されたパーツを取るだけ
スゴク高いです
機械は万能ではありません
縫いの方でも効率化は際限なく求められますが
パターンシーマーもその一つでしょう
アクリル板をパターンに合わせてくり抜いてその間に生地を挟んでミシンを踏めば勝手に衿やポケットのフラップなどが技術要らずで縫えるスグレモノです
ですが、それらの便利グッズは数が無いと効果が得られないとボクは思いました
500着のオーダーが今はなかなか来なくなった時代です
いや、まだ1000着のオーダーがある国内縫製工場も存在してるかも知れませんが
数があれば工賃は推して知るべし
もともと大量生産用のシステムを有している工場なら償却も終わっているからデキルのかも知れませんが
敢えてシステムを新規導入して採算が合うとは思えない
便利な道具を持っている縫製工場も
CAD/CAMを導入した多くの縫製工場でも廃業したりしてる
バブルの崩壊から国内縫製工場の淘汰が顕著になって
2000年頃には落ち着いた感があったけど
2008年のリーマンショックはハンパ無かった
高い服が売れなくてデフレ不況で
百貨店の統廃合とかありました
そんな時代の移り変わりを生きてきて
ボクが思ったのは、一流家電メーカーのシャープだってあれだけ液晶テレビが売れて業績が良かったのに今では赤字に転落してる
縫製工場は大きなアパレルメーカーの下請けで生きてきました
一部上場のアパレルさんの仕事なら安心だった時代では今は無いんだなってこと
結構前から国内では作って無かったようですけどね
いずれにしても少し売れるとそのアパレルに縫製工場が群がるような図式ですね
それだと、結局は価格競争になってしまいます
依頼主が変わっただけで何も変わらない
ってことは、儲からないってこと
新しい時代
時代が変わってます
僕らの世代もあと何年現役でいられるの、よくて10年くらいだねって思う
ファッションの世界も世代交代が進んでいるので
新しい才能のあるデザイナーが数多く出てきています
その中で僕らのビジネススタイルと相性が良い人たちが必ずいると信じて縫ってきました
売り場と製造工場の間にいる彼らですから
立場的に売り場の方が強くてそっちの方ばかり見てしまう方もいました
そう、縫製工場は黙って縫って納期通りに納めてくれればいいんだよ的な
ボクはそんな臭いを直ぐに感じて次は縫わないって決めてきた
それは、縫いたくないと思ったら縫わない方がいいでしょ
だって、縫っていて楽しくないんだもの
二度とヒドイ目に合うのはごめんですぅ
これからは縫製工場も楽しく仕事する時代なんだなって思うのはボクだけではないハズ。
今日もありがとうございます
さあガンバロウ!

