社長ブログ

昔は顔を出すのが恥ずかしかったけど信用を得るには顔を出した方がいいと思うようになりました。

  • 縫製技術

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こんばんは!楽しみにしてたドラマが終わってしまい早く続編が見たいミズイデ(@fashionizumi)です。No.1373

ミステリと言う勿れ最終回でした。

続編希望。

昔は顔を出すのが恥ずかしかったけど信用を得るには顔を出した方がいいと思うようになりました。

どうもパーカーonダンガリーシャツのおじさんです。パーカー好きダンガリーシャツも好きなので好きを重ねてみたら最高でした笑。春はオシャレしたくなるよね、ということで今日もテンション上がるようなかっこいいシャツを縫おう、違った縫っていただきましょう。今月から1人増えたので僕は今まで以上に裁断がんばります。マジで裁断が間に合わないw。

パーカーonダンガリーシャツしてみた。

もうかれこれ30年使っているバンドナイフがあるおかげでちょうど夜8時に裁断が終わったので、よし卓球しに行こう!と勇んで行ってきました。

バンドナイフを買ったのが30年前。

縫製屋社長の仕事といえば裁断と仕事を取ってくること。要は営業しないといけないわけなんですが営業が苦手な社長です。

独立したころは100%下請け工場で楽でしたが10年経った2002年頃メインのアパレルメーカーが海外生産に切り替わり始めて危機感を抱きどうしようかと思った。でもその時運良く孫請けになることができ更に楽でした。でも超高級婦人服だったので仕事は楽じゃなかったよ。その時があるから今があると言っても過言ではありません。

でも自分で受注しないで楽してるとお前がダメな人間になってしまう、親方からそんなことを言われ2010年から本気で仕事を取ってこなくてはとやっと重い腰を上げて養殖場から大海原に放り出された感じがしました笑。

その頃は人脈がモノをいう時代だったような。それ程人脈もなくとりあえず流行ってたのでその頃からずっとブログ書き始めてそれがご縁で仕事頼まれたことも少なからずありました。なんだかんだで不思議とその時から今も毎日仕事があるおかげで続けてこられて感謝です。

インターネットが時代を変えました。縫製工場の社長が会社に居ながら営業ができるので助かります。ネットで受注も増えてきたので更に信用をつけるために頑張らなくちゃ。

と言うことで昔も今も頼んでよかったと思ってもらえば次がある、これからも目の前の仕事を精一杯がんばろう。今日は以上です。

ワードプレスにしてからもう7年も経つのか、はやー!

縫製工場はどうやって仕事を受注しているの?

上田仁選手のサーブの出し方をどうぞー♪

 

著者情報

1964(昭和39)年7月生まれ。夏と卓球が大好きです。1991年2月26歳の時に有限会社ファッションいずみを創業。高級婦人服(プレタポルテ)を作り続けてきました。主にインディーズデザイナーブランドを手掛け、数多くのドメスティックブランドのショーサンプル・展示会サンプルから本生産までお手伝いさせていただいています。